「第4回 法律翻訳者と文芸翻訳者について」
(バベル翻訳大学院(USA) ディーン)
<質問>
お答えします。
1. 成功者の例
飯泉さんという方の例があります。翻訳雑誌に良く登場する方ですからご存知の方もいらっしゃると思いますが(もしご存知でなければウェブ検索して見て下さい)、飯泉恵美子さんは以前、バベルで運営していたリーガルコミュニケーション協会のメンバーであり、バベル翻訳学院(当時)の契約書・法律翻訳の受講生の方でした。1997年に法律翻訳の専門の(有)TEXを設立して法律翻訳にフォーカスした翻訳会社を経営しておられますが、並行してノンフィクション中心の文芸翻訳も手がけられ既に早川書房から4冊、河出書房から2冊その他からもいくつもの本を出版するなど法律翻訳と文芸翻訳の両面で活躍しておられます。
2. 英文契約書に関する本は多い
この連載の第1回に述べましたように、契約書翻訳を含む法律翻訳の分野は需要が非常に多い分野です。法律翻訳に集中して勉強し数年の経験を積めば必ずエキスパートになれます。法律は日本文も英文も型がきまっている文体ですから英日翻訳も日英翻訳も両方できるようになります。経験の蓄積が必ずできる翻訳分野です。翻訳の仕事が必ずあり翻訳でお金が必ず稼げるという点は非常に重要なことです。この意味で貴方がまず法律翻訳に集中しようという考えは賢明だと思います。
法律翻訳では大量の法律文書を正確に訳さなければなりませんが、集中して勉強をしそのような経験を積めば大量の文書を正確に、しかも短時間で訳すことが出来るスキルが身について来ます。これは翻訳者としては一番重要な能力です。
3. 法律翻訳と文芸翻訳の違い
法律翻訳が正確で完全な翻訳であらねばならないのに対して、文芸翻訳は原著者が表現したソース言語を最も適切なターゲット言語に翻訳しなければなりません。英語で言えば法律翻訳はアキュレート&コンプリート(accurate and complete)トランスレーションでなければならないのに対して、文芸翻訳はコンペテント&イディオマチック(competent and idiomatic)トランスレーションでなければならいことになります。別の言い方で言えば文芸翻訳は行間を読んで訳さなければならないのに対し、法律翻訳では行間を読んで訳してはいけないと言うことになります。
4. 文芸翻訳は出すまでに時間がかかる
文芸翻訳では、出版リスクを負うのは出版社ですから編集者に取り上げてもらうのに時間がかかります。数多くの文芸翻訳者は機会を作っては出版社の編集者と面識を作り、出版してもらえそうな原著を探してはそれを売り込みます。編集者が声をかけるのは自分が知っている(即ち翻訳書の出版経験のある)翻訳者です。実績のない新人の翻訳者に対して出版社の方から声をかけることはまずありません。出版実績のある翻訳者であっても、何冊も何冊も原書を読み、無償でシノプシスを書いて知り合いの編集者に持ち込み、何度もトライしてやっと取り上げてもらえるのが実状です。新人にはほとんどチャンスがないと言ってもよいと思います。
5. アドバイス
以上のようなわけで、法律翻訳で生計をたて翻訳の熟練を蓄積しながら、志として文芸翻訳をねらって行こうという貴方の作戦は正しいと思います。その場合、文芸翻訳の目標ジャンルもできるだけ絞る方が良いと思います。フィクションを狙うならフィクションの中の何を狙うか、ノンフィクションを狙うならノンフィクションの中の何を狙うかです。勿論、ご自分の興味のある分野に集中することです。その上でその分野でユニークな原著を探しいろいろと読んで見ることです。そのようにしていつかはチャンスが得られるのです。冒頭に申しました飯泉恵美子さんの例はそのような成功例です。
(The Professional Translator 10月25日号より)
<プロフィール>
石田佳治
バベル翻訳大学院(USA)ディーン。
神戸大学法学部卒業、ワシントン州立大学ロースクール・サマーセッション、ウイスコンシン大学ロースクール・サマープログラム、サンタクララ大学ロースクール・サマープログラム修了。主要分野は国際法務・アメリカ法。
商社法務部長(蝶理)、スイス系外資企業(ロシュ、ジボダン・ルール)法務部長など一貫して法務畑を歩んだ国際法務専門職で内外のロイヤーに知己が多い。
著書に「リーガルドラフテイング完全マニュアル」「欧米ビジネスロー最前線」「シネマdeロー」などがある。